「アクション!」

「アクション!」
 
気づくとスポットライトを浴びていた。
さあ、演技を始めよう。
配役は山下雄太。
 
舞台の上にいるのは俺だけじゃない。
なんと、役者の数は65億人。
台本はない。全てアドリブだ。
 
演じ始めてから6年目のある日、俺はある違和感を覚えた。
他のヤツラの目が真剣すぎる。
演じていることを忘れているかのような迫真の演技。
 
演じ始めてから17年目のある日、俺に彼女役ができた。
遊園地に行ったりして、ちょっとした甘酸っぱいラブストーリーを演じる。
俺も気合を入れて演じるが、彼女の迫真の演技には敵わない。
 
演じ始めてから18年目のある日、彼女役との共演は続いている。
俺は彼女にある言葉をぶつけた。「キミ、演技うまいよね。」
彼女は怒って俺のもとを去った。
やっぱり演技がうまいなぁ・・
 
演じ始めてから22年目のある日、親友役が舞台から退場した。
親友の葬儀の場で、俺は悲しみに暮れる青年役を演じきった。
それにしてもこんなに早く退場した親友役の彼が羨ましい。
俺もいささか疲れてきた。
 
演じ始めてから27年目のある日、妻役の登場。
それぞれの友人役に囲まれて、幸せな結婚式を演じる。
心からの祝福を皆からもらう。
演技と分かっていても少しジンとした。
 
演じ始めてから28年目のある日、息子役の登場。
俺は喜ぶ演技をする。
そして、「これから長いけど頑張れよ」と心の中で呼びかける。
彼が俺を見て笑った。
 
演じ始めてから45年目のある日、今日も仕事をする演技。
仕事の報告に来た部下役に、とうとう日頃の疑問をぶつけた。
「演技してるって分かっているよな?」
部下役は面食らった顔をしている。
もしかして、演技しているのを忘れているヤツラが結構いるのか?
 
演じ始めてから79年目のある日、妻役が舞台から退場した。
葬儀の場で悲しみに暮れる夫役を演じる。
なぜか演技でない涙が流れた。
 
演じ始めてから86年目のある日、いよいよ俺も舞台から退場する。
息子役が必死に病院のベッドの俺に呼びかける。
思えば、とてもとても長い舞台だった。
早く退場した親友役を羨んだ時期もあったが、
今はこんなに長く演じられて本当に良かったと思う。
 
「・・!」
意識が遠のく瞬間とても大事なことに気づいた。
そう言えば、この舞台から退場した後ってどうなるんだっけ?