「浮く夢」を見ました

「夢」を見ました。
いつも「夢」はよく覚えていないのですが、
今日は鮮明に覚えたまま、目が覚めました。
 
それは、よく記憶に残っている定番の「夢」でした。
 
「夢」の舞台は、
地面がアスファルトとかコンクリートになっているどこかの街角やビルの屋上。
 
そして、その「夢」の世界では私は空中に「浮く」ことができます。
「浮く」時の所作は、妙に具体的。
「脳」のここに力を入れれば、「浮く」ことができると既に理解しています。
ただ最初は、「浮く」ことができるとわかっていても「おっかなびっくり」。
しばらく、地面の1m上を浮いて、
やがて階段の一番上から、思い切って飛び降りるように高いところを浮き始める。
妙にリアルです。
 
今までの「夢」では、いつも一人で浮いているのですが、
今日の「夢」は職場の上司が登場しました。
 
「夢」の中では、浮いているところを上司に「見て」もらおうとします。
そして、上司は「ふーん、そんなこともできるのか」という顔で見上げるのです。
 
・・・描いていて、なんだか情けなくて恥ずかしい気分になります。
「見て」「見て」こんなことができるんだよ!というような承認欲求。
「どんだけ人に認められたいんだ・・・」と思います。
 
一方で、妙にリアルに「浮く」ことができる自身の「スキル」については、
想うところがあります。
 
たまたま、私のプロフィール写真を「アオスジアゲハ」という蝶にしています。
(アオスジアゲハの過去関連ブログ:「フランクル心理学」の「体験価値」について
 
私は、いつか「羽ばたきたい」と想っています。
イモムシからサナギになって、そして・・・
 
私は今までの「人生」、ずっとイモムシです。
いつか大空を「羽ばたきたい」。
誰かに見てもらうためではなく、
重力のような私を束縛する何かから「解放」されるために。
 
そして、「自由」に「生きる」「喜び」を堪能したい。