「エリカちゃんと月の音」

エリカちゃんと月の音」
 
「ねぇ田中君・・・月の音って聴いたことある?」
赤い夕日が差す放課後の教室で、
箒を片手にエリカちゃんは僕に話しかけてきた。
「えっ月の音?」
僕はエリカちゃんの質問の意味は良く分からなかったんだけど、
大好きなエリカちゃんに話しかけられたから、すごく嬉しかったんだ。
「もちろん聴いたことがあるさ」
僕はエリカちゃんに軽蔑されたくなかったから、知ったかぶりをした訳さ。
多分、今流行のバンドかなんかに違いない。
「本当!?」エリカちゃんは嬉しそうだった。
エリカちゃんの嬉しそうな顔を見て僕はもっともっと嬉しくなったんだ。
 
「それじゃ次の満月の日に一緒に聴きにいこうね!」
僕は最初聞き間違いかと思った。
エリカちゃんからデートに誘われるなんて!!
「も・・もちろん!!行く!うん、行くよ!!」
 
次の満月の日。
僕はエリカちゃんと待ち合わせをした。
誰もいない夜の公園。
月の音はしなかったけど、風の音は涼しげに草を撫でる。
「お待たせ!」
エリカちゃんは月色の素敵なドレスをなびかせて僕のそばにフワリと立った。
「わぁ・・すごい綺麗・・・」
僕も精一杯おめかししてきたけど、エリカちゃんにはとてもかなわない。
 
「ねぇ、聴こえる?」エリカちゃんは僕の目をじっと見た。
僕はエリカちゃんのかわいい顔に見とれながら、「聴こえるよ」って言ったんだ。
本当は僕の心臓のドキドキする音しか聞こえなかったんだけど。
エリカちゃんはニッコリと微笑んで、そして・・
そして・・踊りだしたんだ。
無音のリズムに乗って楽しそうに楽しそうに・・
「ねぇ田中君も一緒に踊ろ!」
エリカちゃんが僕に手を差し出す。
僕はエリカちゃんの手を恐る恐る握ったんだ。
だって、女の子の手を握るのなんて初めてだったから。
エリカちゃんの手は柔らかくて小さかった。
強く握ったら壊れちゃいそうだから、
僕は優しく優しくエリカちゃんの手をそっと握ったよ。
 
ミュージックスタート!
 
エリカちゃんは踊りだす。
僕もエリカちゃんにリードしてもらいながら一生懸命踊ったよ。
「ねえ、今日の月の音は最高ね!」
「ああ、最高だよ!!」
僕には月の音は聴こえない。
だけど、おっきな満月の下で今宵最高の音楽が僕を包む。