『人面犬2006』

人面犬2006』
 
人面犬と出会った。真昼間から。
「やぁ」人面犬は出会いがしらに俺に話しかけてきた。
「暑いねぇ・・」人面犬は長い舌をハァハァしながら、
まぶしそうに俺を見上げる。
 
その時、俺はどうしたか分かるか?
どうもしなかった。固まっていたんだ。
怖いとは思わなかったな。結構冷静なんだよ。
多分、ヤツがあまりにも自然に話しかけてきたから。
ヤツが人間の顔で「ワン!」とか言おうものなら、
腰を抜かして一目散に逃げていたかもしれない。
 
俺はヤツの顔をまじまじと見た。
多分、雄。中年のオヤジみたいな顔をしてたから。
頭はバーコードハゲで顔は油ぎってるんだよ。
怖いとは思わなかったけど、暑苦しいとは思ったね。
 
「幸せかい?」更にヤツは尋ねてきた。
『シアワセカイ?』唐突過ぎて最初俺はその言葉の意味を飲み込めなかった。
だってそんなこと聞かれるとは思わないだろ?
出会いがしらに。しかも人面犬に。
「シアワセカイ?」と俺はつぶやいた。
「ああ、あんたは幸せなのかい?」
人面犬に再度質問されて、俺はようやく意味を理解した。
そして、少し頭にきた。人面犬なんかにそんなこと聞かれる筋合いはない。
「そりゃあ、あんたよりは幸せだよっ」
「そりゃそうだ!わっはっはっは!!」人面犬は気持ちよさそうに笑う。
 
「だけど、道を歩いていたあんたの顔はあまり幸せそうじゃなかったぞ?」
この人面犬、よく見ると部長に少し似てるな・・
「悩みがあるなら聴いてやろうか?」人面犬はしゃべり続ける。
俺はまた頭にきた。「結構だよ!!」
人の悩みを聴く暇があったら、少しは自分の境遇に悩めよ!
 
「まあまあ、そうカッカするなよ。」人面犬になだめられる俺。
そんな自分の状況が情けなくて、ますます頭にきてしまう俺。
「あっち行けよ!」
 
「そうかい?ほいじゃ、まあ帰るかな。」少し残念そうな人面犬
「達者でな!青年。」出会ったときと同じように、
人面犬はあっという間に森の中に消えた。
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あれから一週間。
今、俺は少し後悔している。
「あんたほど幸せじゃない」って言えばよかった。
「たくさんある悩みをどうしたら消せるか」聴けばよかった。
 
俺は、人面犬に出会ったあの道を今でも歩く。
「やぁ、暑いねぇ・・」と声をかけられるのを少し期待しながら。