他人からの親切に「すみません派?」「ありがとう派?」

日本って欧米に比べ、
他人への何気ない親切が日常で行われにくい印象がありませんか?
 
先日、ネットを閲覧していたら「なるほどなぁ」という意見に出会いました。
 
その意見では、
日本で他人に親切が提供されにくいのは、
親切を受ける側に問題があるというのです。
その問題とは、日本人は親切の受け方が下手だということ。
 
あなたは、見知らぬ人から思わぬ助けを受けた時に、
「すみません」と言ったことはありませんか?
私は、いつも「すみません」と言ってしまいます。
 
親切を頂いたのに、「ありがとう」と感謝するのではなく
「すみません」と謝ってしまうんですよね。
謝られてしまったら、親切を提供した方も恐縮してしまいます。
あまり後味がよくありません。
 
一方、見知らぬ人の親切をすっと受け入れて、
「ありがとう」と言ってお互いに微笑みあうような場面はほんわりと温かく、
その後の両者の気分も少し幸せになるような気がしませんか?
 
多くの人は、子どもの時、
誰かに親切にしてもらったら「ありがとう」と言いなさいと
親に教わったのではないでしょうか。
それが、いつの間にか「すみません」になっちゃってるんですよね。
不思議です。
 
見知らぬ人に親切を提供すると、
お互いに妙な緊張状態が発生してしまうような今の日本の社会では、
親切をすることにも勇気が必要になってしまう訳です。
例えば、電車で席を譲るのにも勇気が要ります。
私も、席を譲る時は少し勇気を振り絞って席を譲っています(笑)
 
日本には、「大きなお世話」とか「おせっかい」というような表現があったりします。
また、席を譲ることを提案しても断られたら、微妙な雰囲気になることもあります。
そんな時は、「もしかして、俺って変?」みたいな軽い疑心暗鬼になることも。
 
このように、日本において見知らぬ人に親切をするという行為は、
様々な心理的リスクを抱えている訳です。
 
だから、私は思うのです。
見知らぬ人から親切を受けた時に、
謙虚に「すみません」というのも美徳かもしれませんが、
その親切をすっと受け入れて「ありがとう」と返すのも
親切を提供した人への「優しさ」なんではないかなと。
 
他人に親切にしたら、その親切をすっと受け入れてくれて感謝される。
日本もそんな社会になったら、
きっと他人に親切にする人がもっともっと増えてくるように思います。
 
私も今後は、
「すみません派」から「ありがとう派」に
頑張って鞍替えしようと思っています(笑)