どういう自分になりたいか?
どういう自分になりたいか?
これを考えることは、とても重要だと想います。
「サッカー選手になりたい」とか、
「アイドルになりたい」とか、
「起業して成功したい」とか、
「ボランティアをしたい」とか、
何かを成し遂げる目標も、もちろん素敵です。
社会の中で、どういう立ち位置や役割を果たしたいか?
しかし、同じくらい価値のある目標があります。
「自分自身をどうしたいか?」
自分自身を変えるという目標も、
とても努力がいることだと私は考えます。
「明日から、人に優しくしよう!」って思ったって、
急に変われるものではないのです。
気づいたらいつもの自分に戻っていた、ということになってしまいます。
自分自身を変えるという目標も、一筋縄ではいかないのです。
ですから、
「起業して成功したい」という目標と同じくらい、
継続的に戦略的に取り組んでいくことが重要だと考えます。
必要なことは、「想い」と「戦略性」。
「想い」。
どういう自分になりたいか?
これには相当の練り込みと情熱が、必要となります。
例えば、「皆に慕われるようなさわやかな人格になりたい」と思ったとしても、
本当に自分はそういう人間になりたいのか?と、
繰り返し自問自答することが必要です。
本気でそうなりたいと願わない限り、
今の安定した自分のバランスを崩して、
新しい自分になろうと「心」が決意するとは思いません。
今の自分というのも、
現実世界に適応するために「心」が一生懸命生み出したバランスの賜なのです。
例えば私は人付き合いが苦手ですが、
それも私が成長するどこかのタイミングで、
人と付き合うことに負担がかかりすぎて、そういう特質を身につけたと考えられます。
ですから、「心」が「ああ確かに、そっちの方がいいね」と納得しない限り、
簡単に自分の人格を変えることに協力はしてくれないのです。
まず必要なのは、「心」の説得。
「自分は、こういうことをしてもらったら、本当に有り難かった。
だから、こうなりたいんだ!」
そういう自分の体験を基に説得するのが、効果的だと思います。
骨身に染みるような体験。
例えば私は、昨日二人の方にある映画を勧めて頂きました。
それは、現在の私の状態を心配して頂いて、
「この映画はきっと、私にとって何かの助けになる」と案じて頂いた結果です。
その心遣いに、「本当に有り難いな」と感じました。
ですから私は、絶対にこういう「優しさ」を身につけようと想ったのです。
「さわやかで親しまれる人格になりたい」というような損得的な願望よりも、
私の「心」にとっては、この「優しさ」こそが絶対の説得力がありました。
生きている中で、そういった「心」にガツンと来る体験を、
人は幾たびも経験するはずです。
これには、もしかしたら「反面教師」も含まれるかもしれません。
何のために、そういう体験をするのか?
それは、「どういう自分になりたいか?」という夢を持つためです。
宮澤賢治の「雨にも負けず」を読んで、「心」が動いた方も多いと思います。
それは、その彼の言葉の裏に、
宮澤賢治の生きてきたそれまでの「人生」の体験が折り込まれているからなのです。