「浮き世」の「地図」

この「世界」は、「浮き世」のごとく。
 
確かなものや絶対的に正しいものなど何一つなく、
全てが相対的に諸行無常にヌルヌル動いていくこの「世界」。
 
そもそも、この宇宙がどこから来てどこへ向かっているのか、
それすらわからない。
 
この「世界」に、地図やコンパスなどありません。
 
科学を極めれば判明するのでは?という考えもありますが、
宇宙全体の物質エネルギーのうち、
人類が見知ることができる部分はわずか4.9%です。
その他95.1%の「世界」は人類にとって、未知な領域となっています。
(未知の物質であるダークマターは26.8%、
 未知のエネルギーであるダークエネルギーは68.3%)
 
科学の力で「世界」を解明するのは、まだまだ先の話です。
 
であるならば、私達はこの「浮き世」をどのように生きるべきなのか?
 
宗教や思想家の考えを自身の「地図」とする人もいるでしょうし、
他者との相対的な競走や比較に明け暮れるのもよいでしょう。
また、どうせジタバタしてもわからないのだからと浮き草のように漂流して、
「一期一会」を楽しむのもよいかもしれません。
 
もちろん、己の欲望のままに自己中心的に生きることも誤りとは言えない訳です。
 
ただ川を流れる石は、下流に行くに従って段々丸くなっていきます。
(丸くなりたいという意思を持っていないのに)
これと同じように、自由運動する私達の魂も、
他の魂や存在と相対的にぶつかったり共に流れたりする内に、
ある一定の形に収束しているような気がするのです。
 
このブログでさんざん描いていますが、
長い長い「生命」の進化の結果、哺乳類や鳥類に発現した「共感」の存在。
そして私達人類の社会も、
奴隷制の廃止や基本的人権を生み出すという方向に変化しています。
この「浮き世」のあり方の結果、何かが形成されようとしているようです。
 
この「世界」は掴み所のない「浮き世」ではありますが、
それはただ絶望的な浮島に住まわされているという意味ではなく、
何か大きな「流れ」もしくは「過程」の中にあるということなのかもしれません。
 
この「世界」に、絶対的に正しいものは存在しませんが、
向かっている「方向性」は確かにあるようです。
 
この「方向性」を見据えれば、
割と信憑性のある「浮き世」の「地図」を描けるかもしれません。
 
ですので私は今後も、
「物理学」「生物学」「歴史」「心理学」「社会学」等の知識を吸収して、
この「浮き世」の辿りつく先を見据えたいと考える次第です。
 
表層の知識は要らない。
欲しいのは、その奥にある答え。
 
THE BLUE HEARTS「情熱の薔薇」

永遠なのか本当か 時の流れは続くのか
いつまで経っても変わらない そんな物あるだろうか
 
見てきた物や聞いた事 いままで覚えた全部
でたらめだったら面白い そんな気持ち分かるでしょう
答えはきっと奥の方 心のずっと奥の方
涙はそこからやって来る 心のずっと奥の方