「科学的にあり得ないもの」はあり得るのか?

超常現象や死後の世界。
そういったオカルトなテーマを、
「科学的にあり得ない」と否定する人達がいます。
 
確かに、超能力も幽霊も死後の世界も、
科学では証明されていないことですので、
積極的に「ある」と言うことはできないでしょう。
 
しかしだからと言って、
積極的に「ない」と言うことができるかというと、
それは「悪魔の証明」となります。
 
悪魔の証明」とは、
「ない」ことの証明(Evidence of absence)のことです。
例えば、「日本にツチノコがいる」とうい命題を証明しようとするならば、
やることは簡単で、日本のどこかでツチノコを1匹でも捕獲すれば、
その命題は証明されます。
しかし、「日本にツチノコがいない」という命題を証明するためには、
どのようなことを行えばよいでしょうか?
 
日本中の全てを見通すことが必要となります。
「日本中の全てを見通したよ。そうしたら、やっぱりいなかった。」
こういうことが言える人でなければ、
「日本にツチノコがいない」ことを証明できないのです。
 
悪魔の証明」の難しさは、その命題の前提となる場の広さに比例します。
例えば、「うちの金魚鉢にはカクレクマノミはいない」という命題なら、
簡単に証明できる訳ですね。
 
一方で先程述べたように、「日本」のような広い場となると、
それを証明することが不可能に近いことがわかると思います。
 
更に前提となる場が、「地球上」とか「世界」になるとお手上げです。
それこそ、万物を予測できる最終的な科学理論が完成しない限りは、
「この世界に、○○なんていない」ということは、証明できません。
 
つまり、「幽霊なんて科学的にいる訳ないじゃん!」と言う人の言葉は、
その言葉こそ「論理的にあり得ない」となる訳です。
 
「幽霊」否定派は、こう言い換えるべきだと思います。
「幽霊がこの世界に存在するなんて、自分の直感にはそぐわない!」
言えるのは、ここまででしょう。
 
しかし、「二重スリット実験」等、量子力学の珍妙な現象を見ていると、
科学的事実が私達の直感を裏切ることは、ままあることではあります。
(二重スリット実験のウィキペディアは、こちら
「この世界には、私達の直感にそぐわない事象がある」ことは、確かなようです。
 
もちろん「幽霊がいないことを証明できない」=「幽霊がいる」ではありませんので、
私が積極的にオカルトを肯定している訳ではございません。
 
ただ、「物事はちゃんと、論理的に正しく認知しようよ」と言いたいのです。
よく「幽霊を見た」という人に、
「そんな非科学的なことを!」とかみつく人が人がいますが、
それは若干ヒステリックな対応だと感じます。
 
「科学的にオカルトなんて、存在しないよ!」と言っている人は、
「神の教えは絶対であり、よってお前を殺す」と言っている人と根は一緒です。
要は「俺の直感にそぐわない!」だけのことを、
「科学」とか「神」とかいう権威的な存在を利用して、
「俺が正しい!」と言いたいだけなのだと思います。
 
まだまだ世界はわからないことだらけですし、
直感にそぐわない科学的事実もたくさんある訳なので、
相手を傷つけるほどの否定はほどほどにするべきです。
 
異なる価値観同士で議論するのはよいと思うのですが、
異なる価値観の相手を否定して傷つけるところまで行ってしまうと、
「おまえは、相手を傷つけられるくらい、そこまで本当に正しいんかい?」と
言いたくなってしまいます。
 
前回「言葉」と「直感」というブログ記事を描きましたが、
「論理」と「直感」と、どちらかが肥大しすぎても問題が発生しそうです。
 
大事なのは、それぞれの限界を知り、
その上で両者を効果的に活用しようとする努力なのだと思います。