『優しい唄歌い』

『優しい唄歌い』
   
優しい唄歌いがおりました。
彼はとても美しくて優しい唄を歌います。
彼の唄を聴くために、多くの聴衆が集まります。
町の名士も彼の優しい唄をたいそう気に入り、
彼を家に招きいれ、彼に何の不自由もない生活を与えました。
 
ある日、彼は旅に出ようと決心しました。
彼は彼の住む町だけでなく、
他の人々のためにも唄を歌いたいと思ったのです。
 
旅に出て彼は驚きました。
予想もしなかったような大きな苦しみに満ちていたからです。
最初に出会った孤児(みなしご)の兄弟のために、
彼は持っていたお金を全て渡しました。
次に出会った孤独な寝たきりの老人のために、
彼は持っていた食料を全て渡しました。
 
他にもたくさんの苦しみに出会いました。
しかし彼にはもう渡すものがなく、
彼は「せめて」もと心をこめて優しい唄を歌い続けるのでした。
彼の唄はあまりにも優しかったので、
人々は、しばし呪わんばかりの人生の苦しみを忘れることができました。
 
しかし、人々の苛酷な環境は変わりません。
ある者は飢えで、ある者は病いで、人々は苦しみに駆逐され、
一人また一人と倒れていきます。
 
優しい唄歌いは自分の無力さを嘆きました。
彼は「すまない・・僕にはもうあげるものがないんだ」と、
病魔に冒され死にゆく少女を、悔し涙を流しながら抱きしめます。
また彼は「ごめんなさい・・僕にもっと力があれば・・」と、
家族を殺された老婆が首を吊るのを、泣きながら見守るしかありませんでした。
 
それでも、彼は歌い続けます。心をこめて歌い続けます。
なぜなら・・
死にゆく人は最後に、笑顔でこう言うのだそうです。
「ありがとう。
 あなたの優しさに出会えて、
 私は生まれてきて本当によかった。」