『鬼子母神』

鬼子母神
 
「鬼は本当におるんよ」
ある日、お婆ちゃんは私に言った。
私がまだ6歳の時の話だ。
「うそだ〜♪」
ませていた私は鬼もサンタクロースもいないことを既に知っていた。
お婆ちゃんはニコニコして私の頭を撫でてくれた。
 
あれから、20年。
お婆ちゃんのお葬式。
私と母はお婆ちゃんの思い出話をしていた。
その思い出話の中で、20年前のその時のことを母に話した。
「お婆ちゃん、鬼がいるって言ってたの?」
母は少し考えた後、私にこんなことを話してくれた。
 
私がまだ3才頃の話。
ちょうど母と父が離婚した頃。
父は資産家の一人息子。
母は母子家庭の一人娘。
完全な玉の輿の結婚生活は長く続かなかった。
どうやら父の浮気が原因となったようだ。
父の母に対する愛が失われ、
父の両親も母を良く思っていなかったようで、
母は半ば家を追い出されるような形で父と離婚をした。
幼い私は母から強引に引き離され、
父の家に引き取られるということで話が進んでいったそうだ。
 
実家に帰った母は、
お婆ちゃんにことの次第を話し、
特に私と引き離されたことに耐え切れず嘆き悲しんだそうだ。
その時、お婆ちゃんは「ようし待っちょれ」と言って、
父の家に走って行ったらしい。
心配になって母も父の家に向かったのだが、
そこでは修羅場が展開されていたそうだ。
父の家の人がお婆ちゃんを家から連れ出そうとするが、
お婆ちゃんは必死に柱にしがみついて、
「孫を連れ帰るまでは、死んだって出て行かんわ!!」
と、いつもの優しい顔からは想像もできないような
恐ろしい顔をして吼えていた。
結局お婆ちゃんの人間離れの狂気を感じたのか、父の両親は、
「こんな薄汚れた血の子供なんていらんわ!とっとと連れて帰れ!!」
と言って、私を差し出したらしい。
そして、お婆ちゃんと母と私の3人で実家に帰る途中、
お婆ちゃんは母と私にこんなことを言ったのだそうだ。
「わしはお前らの為ならいつでも鬼になっちゃる」
 
「鬼って本当は優しいんだね」
私は母に言うと、
「ええ、愛する心がなければ鬼になんてなれないのよ」
と、母は誰に話しかけているのか空を見上げてつぶやいた。