『今宵ピエロは笑って跳んだ』

『今宵ピエロは笑って跳んだ』
 
ピエロは今日もにっこりと笑っていた。
そして、たくさんの人に笑われた。
 
笑って笑わせるのが、ピエロの仕事。
 
今日、彼は娘さんに恋をした。
大きな町に移動する途中の小さな村。
 
村の広場に作られたテントの中で、
その娘さんはピエロを見て、しとやかに笑った。
今まで、たくさんの笑顔を見てきたが、
こんなにドキリとする笑顔は初めてだった。
 
「さあ、いよいよ今宵最後の演目!」
「花形スターの空中ブランコだよ!!」
 
サーカスのクライマックス。
花形スターが跳ぶ前に、
ピエロは花形スターを押しのけて、
ダダッとブランコをつかんで空中を跳びますれば、
勢いよすぎて、ぶざまに落ちるのがピエロの役目にございます。
そして、花形スターが颯爽と空中を舞い、
観客は彼の美技に見とれる寸法なのでございます。
 
今宵もピエロは、ダダッとブランコをつかんで跳んだ。
観客達は、突然の出来事に息を呑む。
娘さんも、観客席で口を押さえて驚いている。
一瞬、空中の彼は娘さんと目が合った。
彼は前をしっかりと見て、ブランコから手を離す。
いつもなら、そのまま空中を泳いで落ちるはず。
しかし、次のブランコに足を引っ掛けて、
かろうじて彼は反対側の足場にいる仲間のところに飛び込んだ。
 
華やかな夜の終わり。
家に帰る人々を、サーカスの団員達がお見送り。
花形スターのところには、村の娘たちが目を輝かせて集まっていた。
彼の惚れた娘さんも、花形スターとのおしゃべりに夢中。
 
「あ!ピエロさんだ!!」
小さな兄弟が、彼のところに走ってきた。
「最後、かっこよかったよ!」
兄弟は、満面の笑顔で彼の足元に抱きついた。
 
彼はにっこりと笑い、しゃがんで兄弟の頭を優しく撫でた。
 
笑わせて笑うのが、彼の生きる意味。