「当たり前に見えている」ということ

角川文庫に「脳の中の幽霊」という本があります。
作者は、V.S.ラマチャンドランというインド出身の心理学・神経科学者です。
彼は、カリフォルニア大学サンディエゴ校の「脳認知センター」所長でもあります。
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この「脳の中の幽霊」は、一般の人向けに書かれた「脳科学」の名著です。
「自分って何だろう?」「人間って何だろう?」と、
疑問をお持ちの方は、是非読んでみて下さい。
 
さて今日は、この本の中から紹介したい現象があります。
脳卒中で脳の一部の機能が損なわれることによって現れる「半側無視」という現象です。
詳しくは、是非書籍を購読して頂きたいのですが、
この「半側無視」という現象は、
「脳」の機能を理解する上で重要な示唆を与える症候です。
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この症候になった方々の多くは、「左側の世界」を認識できなくなります。
脳卒中で「右脳の頭頂葉」に障害が起きた結果です。
 
ところで、人が「見る」ことで得た情報は脳の2箇所で処理されます。
すなわち、「これは何」という見たものの「意味」を捉える「側頭葉」と、
「これはどこ」という見たものの「空間的配置」を捉える「頭頂葉」の2箇所です。
この「半側無視」の症候の方々は、
「空間的配置」を捉える頭頂葉に障害が起きてしまっています。
失明されている訳ではないので物理的には見えているのですが、
「左側の世界」に「注意」を向けることができないのです。
「左側の世界」の「空間的配置」を認識できなくなってしまったことが、原因となります。
 
どのような現象が起こるのか?
・顔の右半分だけ化粧をする
・料理の右半分だけ食べて、食べ終わった気になる
・花の絵を描いてもらうと、「右半分だけの花の絵」になってしまう
 
このように、「左半分の世界」に注意を向けられなくなってしまうと、
まるで、その人から「左半分の世界」が
スッポリと抜け落ちてしまったような状態になります。
 
特に、花の絵を描いてもらっても「右半分だけの花の絵」を描いてしまうという現象は、
「今見ているもの」だけでなく「脳の記憶イメージ」も、
「左半分の世界」を失ってしまったと、理解することができるのです。
 
これは、この症候を持っていない人から見ると、とても不思議な現象ですが、
逆に、この症候をお持ちの方は、周りからいくら指摘されても、
「何を訳のわからないことを言っているんだ?」ということになってしまいます。
「当たり前」だと認知していた「世界」のもろさ。
捉える側の脳の機能が損なわれると、「世界」も大きく変貌してしまうのです。
 
さて、この症候に関する更に深い考察は角川文庫「脳の中の幽霊」に譲るとします。
 
私はこの情報に触れて、
「今現在当たり前に認知している世界」の「不確かさ」を思いました。
そして、自分が認知している「世界」も本当に完全なのか?と考えました。
 
私たちは、本当に今いる空間を全て見えているのでしょうか?
脳の機能に制限されて、
当たり前にそこにあるのに見えていない世界が、
もしかしたらあるのではないでしょうか?
 
まだまだ進化の途上にある「人間」が「世界」を理解しようとすることは、
つくづく大変なことなのだなと思う次第です。
 
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