ドブネズミみたいに美しくなりたい

継続して価値ある「時間」を紡ぐために、
「生き方」に「道」という概念を取り入れるのがよいのでは?というお話しを
昨日のブログでさせて頂きました。
「武道」や「茶道」などの「道」です。
実は私は「道」というものを全く理解していないのですが、
直感で「道」が必要だと感じました。
 
私は、「道」に対しては、こんなイメージを持っています。
 「武士道」における主君への忠義のように、
 「自分」以外のもののために生きるということ。
 「自分」以外のもののために、徹底して機能的に生きることで、
 「道」を極めると「機能美」が生じるということ。
 
さて、私は「欲」がなく、「自分」のために生きられない人間です。
でも「欲」がないと、「生きる力」が生まれないため、
「努力」ができない苦しい「人生」を送らなければなりません。
 
「自分」のために生きられない人間は、
「自分」以外の他のもののために生きることで、
「生きる力」を生み出すしかない訳です。
そして、それこそが「道」なのだと思います。
「道」は美しい。
なぜなら、「自分」のために生きるよりも、
「自分」以外のもののために生きる方が、笑顔が多く生まれるから。
 
私は「道」を理解して、是非「美しい生き方」を目指したいと考えています。
 
「自分」のためではなく、苦しんでいる人のために。世界の幸せのために生きる。
そんな生き方は、「美しい」と思いませんか?
 
「武士道とは死ぬことと見つけたり
苦しんでいる人に少しでも貢献ができるのなら、自分はどんなに苦しんでも構わない。
だから私は、また明日から「皇居ラン」を再開します。
「美しく」生きて、
世の中は「醜い」ことばかりでないということを「世界」に知らしめたい。
「美しく生きる」ことの素晴らしさを体現して、皆に「生きることの素晴らしさ」を伝えたい。
「美しく生きる」。これが私の「生きる意味」。
 
 ドブネズミみたいに美しくなりたい。
 写真には写らない美しさがあるから。
 

 
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