松下幸之助さんの語る「素直」

私は、様々な部分で人よりも劣ります。
 
まず不器用です。
手先の器用さでも、人とのコミュニケーションでも、物事を進める要領の面でも。
 
センスもありません。
絵心もないし、音痴だし、運動神経も皆無です。
 
唯一の学力。
これも、劣等感を持っています。
高校受験の際、
たまたま大学までエスカレーター式の、第一志望の高校に入学したはいいものの、
クラスメートは皆頭のいい人ばかりで、
見事に劣等生に転落しました。
高校から、勉強への情熱も失われたのです。
中学の頃にはあんなに面白いと感じていた数学も、
高校に入って、いきなり訳がわからなくなりました。
中学の頃は、学級委員長もやっていましたし、成績も上位だったのです。
 
この私の経験から一つアドバイスするとしたら、
進学する高校は、自分のレベルよりも少し下くらいがいいと思います。
クラスで上位に入り、自分の学力への自信がつくからです。
 
「自分への信頼」
是非、このパスポートを手放さずに、大学を、そして社会を旅することを勧めます。
 
しかし、パラリンピック創始者ルード・ヴィッヒグッドマン博士は言いました。
 
「失ったものを数えるな 残されたものを最大限に活かせ」
 
私は、この言葉にとても励まされました。
そして、誰かを励ますときには、決まってこの言葉を出すのです。
(この言葉の詳細は、私の過去ブログでどうぞ)
 
「残されたものを探せ!そして、最大限に活かせ!」 
私に残ってくれているもの。
それは、「考察力」「文章力」「素直」「感受性」です。
 
「考察力」と「文章力」は、このブログで発揮しています。
そしてそこで気づいたことが、日常での私の生き方に大きく影響を与えているのです。
 
それから「素直」と、そこから来る「感受性」。
 
「素直」は素晴らしい能力だと思うのですが、
日本の社会からは、軽く偏見を持たれていると思います。
「素直」は新入社員のようなペーペーが持つべきもので、
年をとって偉くなったら必要ないというような、そんな偏見です。
 
「素直」については、私は松下幸之助さんの見解を使わせて頂いています。
詳しくは、PHP研究所ホームページをご覧ください。
過去ブログも、描いています)
 
是非、上記PHP研究所ホームページに目を通していただきたいのですが、
「素直」とは、決してペーペーの未熟者だけが持つべき「能力」でなく、
むしろ年をとればとるほど、必要になってくる「能力」であることがわかります。
松下幸之助さんは、「素直」という「能力」を非常に重視し、
上記ページの「素直な心の効用10ヶ条」にあるように、
人が「幸せ」になる上で欠かせないものだと説いているのです。
 
「素直」とは、どういうものかと言いますと、
「素直な心の内容10か条」には、

第1条 私心にとらわれない
第2条 耳を傾ける
第3条 寛容
第4条 実相が見える
第5条 道理を知る
第6条 すべてに学ぶ心
第7条 融通無碍
第8条 平常心
第9条 価値を知る
第10条 広い愛の心

とあります。
 
これを読むと、
まだまだ私には、「素直」という山の一合目にもたどり着いていないなと、
実感する次第です。
 
ですが、ほんの一部だけ、できているところもあるかなと思う部分があります。
それは、「実相が見える」「すべてに学ぶ心」「融通無碍」「価値を知る」のあたりです。

(以下、上記ページからの抜粋です) 

素直な心は、物事のありのままの姿、
実相というものを見ることのできる心であるともいえると思います。
というのは、素直な心になったならば、心の中に物事の実相をおおいかくすというか、
これを曇らせるようなものがなくなると思われるからです。
美しく磨きあげられた無色透明なガラスをとおせば、物がそのありのままに見えます。
それと同じように、素直な心になったならば、物事の本当の姿というか、
実相がはっきりと見えるようになるのではないかと思います。
だから実相に基づいて物事を考え、判断することも、
しだいにできやすくなってくると思うのです。

 
物事を観る「無色透明なガラス」。
私には、この資質はあるように感じます。
 
私にとって「世界」は、まだまだ新鮮です。
まだ「世界」を観る自分のカメラのレンズは曇っていません。
 
ですから、学び吸収する力が強いし、
決めつけで物事をシャットアウトすることもしない。
 
私が人々を観て想うのが、「世界に対して、結構高い障壁を持っているなぁ」ということ。
多くの人の心のレンズに「社会の常識」という埃がついてしまっているように思います。
 
私は、自分の目で「世界」を観て、
自分でその「価値」を考えて判断しようと想うのです。
 
そういう「決めつけない姿勢」のお蔭で、
私は得難い「体験」や「学び」を得ました。
そしてその希少性の高い「体験」や「学び」が、
私の「心」のレンズを更に磨いてくれるのです。
  
「素直」とは、人や環境に流されることではありません。
「素直」とは、自分と世界の仕切りを外して、
直接に「世界」を感じる力だと、私は考えるのです。