「ルサンチマン」に抱擁を

これらの言葉を聞いたことがありますか?

ツァラトゥストラはかく語りき
「神は死んだ」
 
あぁ、どこかで聞いたことがあるなと思う方が多いと思います。
もしかしたら、これら二つに共通する人物がわかる方もいらっしゃるかもしれません。
わかる方は、哲学の世界に入ったことのある人でしょう。
 
これら二つに共通する人物とは、哲学者フリードリヒ・ニーチェです。
 
ツァラトゥストラはかく語りき」は彼の著書。
「神は死んだ」は、その著書の中で彼が宣言したことです。
 
ニーチェは、いつの時代も若者に人気のある哲学者でした。
何故か?
 
哲学と言えばヨーロッパですが、
実はニーチェ以前のヨーロッパではキリスト教的価値観が絶対で、
世の中の理(ことわり)は、全て「聖書によれば・・・」ということで判断していました。
すなわち、「世界とは聖書によれば・・・」「人間とは聖書によれば・・・」。
 
こういった思考停止の状態から、
哲学者カントが登場し、神よりも人間の理性の尊さを主張しました。
しかし当時はキリスト教の影響力が強く、
彼の著書がキリスト教的でないという理由で発禁処分になったりしました。
 
そして、カントから100年以上後に登場したニーチェが、
「神は死んだ」と従来の宗教的価値観を切って捨てたのです。
 
しかし現在でも、キリスト教の影響は恐ろしく強いものです。
現在のアメリカ合衆国においてですら、
神による天地創造を肯定しダーウィン進化論を教えない学校がありますし、
2004年のアンケート結果によると、アメリカ人の45%が、
人類はおよそ1万年前に神によって創造されたと信じているとのことです。
 
こういった世の中の常識に反旗を翻し、
「自分の頭でちゃんと考えようぜ」と世の中に発信した哲学者が、
カントでありニーチェなのです。
「カントが神を半殺しにし、ニーチェが神を殺した」というジョークがあるほど、
カントやニーチェは、当時の常識からすると相当の爆弾発言をした哲学者と言えます。
 
という訳で、何故ニーチェはいつの時代にも若者に人気があるのか?に戻ります。
それはキリスト教絶対の世の中で、
「神は死んだ」なんて言ってのけるロックなところにあるのかもしれません。
そしてもう一つ。
彼のニヒリズムなところにも若者受けする要素があります。
彼は神を否定するのみならず、道徳や善をも否定しているのです。
 
彼のニヒリズムな考え方は、「ルサンチマン」という言葉に端的に表れています。
ルサンチマン」とは何か?
ウィキペディアによると、
ルサンチマン」とは、
主に強者に対しての弱い者の憤りや怨恨、憎悪、非難の感情を言います。
 
ルサンチマン」を説明するために、こんな例え話をあげてみます。
 
 あるところに平和を愛する部族Aが暮らしていました。
 ところが、ある日好戦的な部族Bがやってきて、
 部族Aの男の若者を皆殺しにし、若い女を奴隷として連れ去り、
 蓄えてあった宝物や食糧は根こそぎ奪われました。
 そして、住居や倉庫、畑などに火をつけて立ち去ったのです。
 残されたのは、連れて行っても足手まといになる老人と幼児のみ。
 この時、残された老人達はどうするか?
 部族Bを追って復讐することはできません。
 部族Bの力は絶大なのです。
 この状況で老人達にできることは、
 自分達をひどい目に遭わせた連中を「道徳的に非難すること」だけなのです。
 「自分達は部族Bに何も危害を加えていない。
  なのに、自分達をひどい目に遭わせた部族Bは悪い奴らだ。
  それに比べて、自分達はなにも責められるところのない善い者だ。」
(引用元「ニーチェ-すべてを思い切るために:力への意志貫成人著)
 
その後、老人達は残された幼児に「善」と「悪」を教えるようになるのです。
すなわちニーチェによれば、まず「悪」ありきなのです。
弱者の抱く、強者に対する怨恨(ルサンチマン)から、まず「悪」が生まれ、
その対立物として「善」が生まれるということになります。
 
平たく言えば、「善」なんかは
弱者の「恨み節」もしくは「負け犬の遠吠え」でしかないのです。
だから、目指すべき絶対的な「善」なんてのも存在しません。
だって、単なる「恨み節」から出てくるだけの実体のないものなんですから。
 
ルサンチマン」、非常に面白い考え方ですね。
もちろん、私は人間には理性もしくは良心というものが
もともと備わっていると考える立場をとります。
しかし、このニーチェの「ルサンチマン」という考えは、
善とは何か?優しさとは何か?を考える際のアンチテーゼとなり、
考察を深める際の大きな助けとなります。
 
世の中を斜に構えるニーチェニヒリズム
世の中の理不尽さを憂い「所詮世の中に善なんてないのさ」とつぶやく若者が、
ニーチェの哲学に魅了されても不思議ではないと思う訳です。